top of page

「ノックする信仰」

聖書には、ロダという女の子が出てきます。ペテロは牢屋に入っていまし

た。とても難しい状況でした。でも教会の人たちは集まって、一生懸命に

ペテロのために祈っていました。神様に助けを求めていました。

すると、神様はその祈りに答えられました。

神様の力で、ペテロは牢屋から出ることができました。そして祈っていた

家に行って、ドアをノックしました。ここで面白いことが起こります。ロダがド

アに来ました。ペテロの声を聞いて、とても嬉しくなりました。でもドアを開

けないで、そのまま中に走って行って、「ペテロが外にいます!」と言いま

した。でも祈っていた人たちは、「あなたはおかしい」と言いました。

ペテロのために祈っていたのに、その答えを信じることができませんでし

た。その間、ペテロは外でずっとノックしていました。そして最後にドアを開

けたとき、みんなとても驚きました。

私たちも同じようなことがあります。祈ります。でも心の中で、本当には神

様が答えてくださると信じていないことがあります。家族の救いのために

祈ります。必要のために祈ります。導きのために祈ります。でも神様が働か

れるとき、疑ってしまうことがあります。

この人たちは祈っていました。でも信じる心が弱かったのです。ロダはただ

の女の子でした。でもすぐにペテロの声がわかりました。そして信じまし

た。シンプルな信仰でした。神様はそのようなシンプルな信仰を喜ばれま

す。

祈るときは、神様が聞いてくださると信じて祈りましょう。神様が答えること

ができると信じましょう。そして神様が答えられたとき、すぐに受け入れま

しょう。

時々、祈りの答えはもうドアの前に来ています。そのとき、あなたは信じま

すか?

 
 
 

最新記事

すべて表示
「母の尊い愛」

「母に慰められる者のように、わたしはあなたがたを慰める。」 イザヤ書66章13節 お母さんのことで一番覚えていることは何ですか? それは、お母さんの手かもしれません。いつも忙しそうに、料理をして、掃除をして、何かを直して。あるいは、やめてと言っても心配し続けてくれたこと。私たちの多くにとって、一番古い記憶はお母さんと共にあります — その声、その存在、そばにいてくれるだけで安心できたあの感覚。 モ

 
 
 
「救われたのは、仕えるため」

救いは、この世で一番すばらしい贈り物です。自分では何もしていないのに、ただ神様の恵みによって与えられるものです。助け出されるだけで、十分すぎるほどです。でも神様は、そこで終わりませんでした。神様は私たちを、何かのために救ってくださいました。それは「目的」のため。「他の人のために生きる」ためです。 パウロはエペソ書の中で、私たちは「神の作品」だと言っています。ギリシャ語では poiema(ポイエマ)

 
 
 
「あなたは何に信頼していますか?」

1988年4月、ある夜のニュースで、スカイダイバーでもあったカメラマンの話が報じられました。彼は他の人たちと一緒に飛び降り、その様子を撮影していました。しかし、最後のダイバーがパラシュートを開いた瞬間、映像が乱れました。カメラマンはパラシュートを着けずに飛び降りてしまい、そのまま亡くなったのです。リップコードに手を伸ばしたとき、それがないことに気づきました。彼の信頼は、存在しないものに向けられてい

 
 
 

コメント


電話番号: 042-6495-968
〒192-0031東京都八王子市小宮町284-1
© 2025 希望聖書バプテスト教会

  • Line
  • Facebook
  • Instagram
  • Youtube
  • Spotify
bottom of page